世界最大の産油国サウジアラビアは、産業多角化による長期的な安定成長を実現するために、
国内6カ所に「メガ経済都市」を建設します。事業費は今後10〜15年で1200億ドル(約14兆円)。
政府の投資受入窓口である、
サウジ総合投資院(SAGIA)が支援し、国内外資金を活用します。
→参考サイト「SAGIA - Saudi Arabian General Investment Authority」
サウジアラビアは昨年12月、長年の悲願であった世界貿易機関(WTO)加盟もようやく果たし、
今後、様々な規制緩和を時間をかけて実行し、貿易額が大幅に増加していくことも期待できます。
約14兆円をかけたメガ経済都市の建設は、そのためのインフラ整備的な役割も担います。
メガ経済都市とは?
一部の産業(例えば、金融業、製造業、IT関連業のような分類)の経済機能を集約させて、
いわゆる経済特区を都市規模で新設し、政府が制度面などで支援する構想のことです。
こういった都市に進出してくる企業には、
税の軽減・低金利の融資制度・助成金など、
企業の競争力を高めるための優遇措置を設けたり、
投資に対しても特別なプレミアムをつけ、
中東エリアではすでにUAE、カタール、バーレーンの金融特区が外資の誘致を進めています。
→関連記事「UAE、カタール、バーレーンに相次ぎ国際金融センター建設」
ここ数年の原油高の影響を受けて、ペルシャ湾岸諸国では超大型のインフラ整備事業が相次いでいますが
今回の、「国内6カ所1200億ドル」というこれだけの規模のメガ経済都市建設計画は異例のようです。
サウジアラビアが、石油・天然ガス資源の世界的な産出国で、かつ東西の中間に位置する地理的な利点を
将来の経済発展に生かし、国内雇用の創出を通じて内政の安定につなげる狙いです。
サウジアラビア、6つのメガ経済都市
建設するメガ経済都市は、以下の6カ所です。
(カッコ内は、主な産業セクター。)
1.タブーク(未定)
エジプト国境でスエズ運河の入り口に近く、サウジが
イラク戦争のときに、軍隊派遣の拠点として精鋭部隊を
配備した都市です。人口は5万人と小規模です。
2.メディナ(知識集約型産業)
メッカに次ぐイスラム教の第2の聖地で、紅海沿岸の都市。
マディーナ州の州都で、人口は60万人程度です。
3.ラービグ(石油化学・金融)
ここは別名「キング・アブドラ・エコノミック・シティ」
と呼ばれていて、サウジ政府が最も力を入れています。
都市開発用地は5500万平米、人口は50万人、工期は10年。
4.ダンマン(未定)
大規模な産油都市で世界最大の油田はここにあります。アラビア湾沿岸とクウェート国境に近い場所に位置します。
東部地区を代表する貿易港でサウジで3番目に大きな都市。人口は100万人を超えます。
5.ハーイル(農業・輸送)
サウジアラビアいちの穀倉地帯で、山地に囲まれた谷間の都市。古くから巡礼者や隊商が立ち寄る場所として栄えた都市。
遺跡などの観光資源も抱える歴史ある都市です。人口は26万人です。
6.ジザーン(重工業)
サウジ南部のイエメン国境の近くに位置します。1930年、イエメンとの紛争の後にサウジ領土となった都市です。
大型船が接岸できるように港湾を中心に開発が進んでおり、アジア〜欧州間のコンテナー船の要所。人口は40万人です。
メガ経済都市計画が先行している、
3.ラービグ(石油化学・金融)では、
アジアと欧州を結ぶ主要航路という地理的な利点を生かして、大規模な
コンテナーターミナルを建設し、ペルシャ湾岸の
4.ダンマンまでを結びます。
サウジ政府はこの二都市間を鉄道で結ぶことに合意し、
(現在サウジの鉄道はリヤド〜ダンマン間のみ)、
紅海〜ペルシャ湾の物流網を整備します。
→参考「サウジ鉄道公団:Saudi Railways Organization」
↑上記地図に、
サウジ西部の紅海沿岸にジェッダ(Jeddah)というサウジNo1の商業都市があります。
ちょっと余談になりますが、私がまだサウジアラビアなどにはまったく興味が無かった5年ほど前のことです。
シンガポール航空の成田発→シンガポール行きに乗って、到着直前に↓乗換え案内が機内のモニターに表示され
>>> To Jeddah King Abdulaziz Intl. (JED)
(Fright SQ456 Departure Time 13:00 Terminal No1 Gate Number ***)
これを見て、
「ジェッダ?ジェダー?これどこの国だろう?」と思った私は、
「ジェッダってどこですか?」
と、乗務員に質問したところ、
「ちょっと調べてきます・・・(汗)」と乗務員は一言言い残して、
5分ほど後に戻ってきて
「サウジアラビアです」と乗務員に教えていただいた記憶があります(笑
シンガポール航空は、
UAEの首都アブダビ経由でサウジアラビアのジェッダまで飛行機を飛ばしていますが、
乗務員もジェッダってどこの国だか分かっていなかったんですね。これにはたまげました(笑)・・・以上余談です。
さて、
「紅海を挟んでアフリカ大陸」「ペルシャ湾を挟んでアジア・中東」「地中海・スエズ運河を挟んで欧州」と、
大変地理的に恵まれているサウジアラビアは、貿易国家として急速に成長する可能性を秘めています。
そう考えると、スエズ運河は大変偉大です。
1869年に開通したスエズ運河は、地中海・紅海を水路でつなぎ、アジア〜欧州間のコンテナ航路として
大活躍しています。スエズ運河の存在が無ければ、アフリカ南端の喜望峰をぐるーっと何日も迂回して、
運べる量や時間にかなりの制限が加わるでしょうから、アジアの経済はここまで発展しなかったでしょう。
参考までに、ロンドン〜横浜間の航路の場合、喜望峰経由だと26,900kmですが、スエズ運河経由だと20,400kmです。
航行距離にして、約24%も短縮することが可能です。
また、スエズ運河経由の場合の航行日数は23日で、喜望峰経由に比べて7日間も縮めることができます。
→参考「スエズ運河オフィシャルサイト:The Suez Canal」
→参考「スエズ運河のgoogleイメージ検索」
↓こちらのサイトも、非常に面白くてためになります。アジア〜欧州を行き来するコンテナ船の船長の日記です。
→参考「船の生活:スエズ運河の姿」
そして
スエズ運河を通るコンテナーは、すべてサウジアラビアの紅海沿岸を通るわけですから、
その恩恵をもっとも受けているのは、サウジアラビアではないでしょうか。
2004年3月と少し古いですが、スエズ運河に関して大変興味深い記事↓がありましたので引用します。
ロシアはイスラエルと組んでスエズ運河を迂回する
ロシアはカスピ海油田から積み出した石油を世界に向けて売りさばこうとしている。
ロシアが特に売り込みたい相手が、日本や中国といった、経済成長を続ける国が多く含まれる東アジア諸国である。
だが、黒海の港を出航したタンカーが極東に着くまでには、ボスポラス海峡だけでなくスエズ運河も抜けなければならない。
スエズ運河はエジプト領内だが、エジプトは同じアラブ諸国ということで大産油国であるサウジアラビアと親しく、
サウジはロシアがカスピ海の石油を世界に売りさばいて国際石油市場で影響力を持つことを恐れている。
そのため、ロシアはボスポラス海峡だけでなく、スエズ運河でも通行を許されるまで長く待たねばならない
などの「妨害」を受けかねない。
こうした問題に対し、思わぬところからロシアに対する助っ人が登場した。それはイスラエルである。
イスラエルは地中海と紅海の両方に面した国で、地中海岸のアシュケロンと紅海岸のエイラットを結ぶ
「TIPライン」(Trans-Israel Pipeline)と呼ばれるパイプラインを持っている。
ロシアからボスポラス海峡を抜けてきたタンカーは、いったんアシュケロンで石油をおろし、TIPラインを経由して
紅海のエイラット港で巨大タンカーに積み替えて極東を目指すという方法で、スエズ運河を経由せずに石油を運べるようになる。
→参考「田中宇の国際ニュース解説 > カスピ海石油をめぐる覇権争い」
→参考「カスピ海周辺の主なパイプライン網 > ロシア/イスラエルパイプライン検討か」
サウジのリスク 〜暴動や内紛などの社会混乱をもたらす可能性〜
以上のような記事を読むと、将来とても有望そうなサウジアラビアですが、サウジ独特のリスクがあります。
1・長期的に人口増という構造問題
サウジは急激な人口増加に伴い、厳しい雇用環境に直面しています。(2005年の失業率は8.8%でした)
サウジアラビアの人口の57%は20才未満(働いてない人)です。
これに対し20〜59才の労働市場を形成する成年層が、
全人口に占める割合は38%です。
要は、この国は子供が圧倒的に多いのです。
今後若年層が成年層に達するときに、失業率がさらに高まり、
暴動や内紛などの社会混乱をもたらす可能性があります。
2・イスラム過激組織アルカイダ
イスラム過激組織アルカイダの支持者は、サウジ辺境地の出身者が多く、サウジ政府にとっては
地方の経済振興策による内政の安定維持が、引き続き緊急の課題となっています。
・・・しかし、1については様々な意見があります。
中東協力センターニュースで配信された、富塚教授のレポートによると、以下のような見解です。
サウジの人口データは必ずしも正確ではない。まず中東のほとんどの国に見られる現象であるが、
人口増が水増しされていることがよくある。
それは、"Population is power"(人口が国力を示す)と信じられているからにほかならない。
従って、もし人口が実際に水増しされているならば、雇用問題はそれほど深刻なものではない。
このような意見もあるので、雇用問題に関しては実際の統計データほど深刻ではないのかもしれません。
どちらにしても、2点のリスクを抱える国ですが、今回のメガ経済都市プロジェクトは、この2点を解決する
大きな突破口になるのではないかと思います。
ちなみに、
サウジアラビアの財政状況ですが、こちらはフィッチによる格付けでAを獲得していますので、
財政問題による国家破綻リスクは、今のところほぼ無視しても良いでしょう。
銀行・通信・建設など、サウジの基幹産業に投資する
サウジアラビアはこれら諸問題の解決と、産業多角化による長期的な安定成長を実現するために、
前述の6都市を中核拠点として産業の多角化をはかり、石油によるGDP割合を意図的に下げています。
原油の産油量は維持するものの、GDP割合を減らしていくということは、産業の多角化と成長が必要ですが、
資源国にとっては、先日の記事にも書いたような、カナダの国家モデルがその理想系と言えるでしょう。
→関連記事「未開発の土地に投資するカナダのランドバンキング(Land Banking)」
そして、こういったサウジアラビア・UAEなどをはじめとした湾岸諸国は、
2010年には単一通貨を導入し、
2015年には変動相場制への移行といった計画もあり、今後の動きには大変注目です。
→関連記事「湾岸6カ国単一通貨2010年導入、そして2015年変動相場制へ」
いま世界の注目の的ですから、すでにこういった地域の金融機関や通信インフラ、消費財、建設業、不動産などに
投資するファンドも香港・シンガポールなどではすでに販売されていて、一部の人は先回り投資を始めています。
ご興味のある方は、以下の記事を読んでみてください。↓
→関連記事「投資先としてのGCC(Gulf Cooperation Council)諸国」
日本ではこのようなファンドが恐らくまだ販売されていないのですが、一時期のBRICsファンドのように、
基準価格がぐわーっと上がってきたころに、ファンドオブファンズで組成されるんでしょう、多分。
先回り投資をしている者にとっては、それはそれでまた違った意味で楽しみでもあります。
変化を遂げる砂漠の王国サウジアラビア。私の来年の渡航先候補地に入れることにします(笑